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ガーデンカフェ「やっちゃんち」店長
森川靖子さんにインタビュー

「ガーデンカフェやっちゃんち」の店長やっちゃんこと森川靖子さんは、ダウン症の女性だ。25歳の誕生日の時に「店のオーナーになります!」と宣言し、紆余曲折あったが本当に夢を叶えた。カフェをオープンして今年の6月9日で10年目。
今回は、靖子さんと母親の和世さんにインタビューをさせてもらった。

靖子さんは、3人兄弟の末っ子として生まれた。
看護師として働いていた和世さんは、仕事を続けるために靖子さんを普通の保育園に通わせた。小学校は隣の学区まで通っていた。当時、支援学級は一名だと利用できなかったのだ。「今はデイサービスなどありますが当時はなかったので、小学校から中学校まで放課後は普通の学童クラブでお世話になってました」
高校は特別支援学校へ。学校を終えると和世さんの働く病院に来て、喫茶店で和世さんの仕事が終わるのを待って一緒に帰っていた。そこのオーナーさんが靖子さんのことをすごくかわいがってくれた。その頃から靖子さんは「将来は自分のカフェ店を開いてみたい」と夢を持つようになる。
「病院の喫茶店には患者さんも多かったので、みなさん優しく話しかけてくれて、居心地がよかったんだと思います」
と和世さん。

高等部在学中、色々実習したり見学したりしたが適応できなかった。「今みたいに福祉作業所が整っておらず、どうなるのだろうと心配していたとき、病院の中でできる仕事があるよって友達が言ってくださって。それが、障がい者雇用での看護補助でした」
新生児集中治療室に配属になった靖子さん。仕事内容は、看護師が次から次へと交換するシーツを定期的に集め種類別に洗濯かごに入れたり、新しいものをワゴンに運んできたり。哺乳瓶を消毒液につけたり、感染性廃棄物の処理をしたり、様々なサポートを行ってきた。
靖子さんは、仕事に奮闘しながらも夢を叶えたい気持ちがどんどんと膨らんでいく。
「喫茶店なんて、親の立場から考えてできるの? って。
でも、私たちも喫茶店が好きでしたし、やっちゃんが楽しいことやりたいって思うなら、やりたいと思う時期にしてあげることが1番いいのかなって思ったんです」
和世さんは、具体的に夢の実現へ動き出す。看護補助の仕事を10年頑張って、それからカフェを開こうと親子で約束した。
喫茶店を開くだけではなく、この地域に『ダウン症のこういう子がいるよ』と地域でわかってもらいたい。憩いや情報交換ができる場にしたい。様々なところに声をかけたが、条件に合うところがなかなか見つからなかった。
そしてついに、理想の場所が見つかり、靖子さんが一生懸命働いて貯めたお金で一軒家のカフェをオープンすることができた。草むしりから店内の内装まですべてが手作りだ。
「たくさんの方が助けてくれました。コーヒーの淹れ方の修行をさせてくれた方や、店をオープンしてからもボランティアできてくれる近所の方もいるんです」
『みんなが笑顔になるような、ホッとできるようなお店にしたい』というのがスローガン。靖子さんは来店したお客さんの名前をノートに書いて記録している。一人一人を大切にしたいという思いがそこには込められているのだ。やっちゃんが淹れるコーヒーはいつも分量が正確で、同じ味がする。毎日朝8時に来てくれるお客様もいるそうだ。
やっちゃんが作ったカレンダーには絵が描かれていて、ラテアートもしてくれる。話を聞いているだけでもあたたかく、ほのぼのした雰囲気が伝わってきた。
障がいがある子供の母親としてのアドバイスを和世さんにうかがった。
「隠さないで社会にいっぱい出ていって、いろんな人と出会えたらいいなって思うんです。助けてもらえることは、助けてもらって。お家の中だけにね、閉じこもらずに、色んな人と出会えるといいなって思います」
多くの人に助けてもらったと感謝している和世さん。その優しさを受けて、やっちゃんはたくさんの人に美味しいコーヒーを届けている。

インタビュー 佐々木美紅

パラ水泳
小野内煌希(おのうち こうき)選手にインタビュー

「今平泳ぎで50メートル38秒だけど、それをどんどん縮めて35秒とかになるように、上手な人についていけるように上手くなりたい」
目を輝かせてそう語ってくれたのは、にしお特別支援学校に通う高等部2年生の小野内煌希くん(16)。
令和4年度、あいちトップアスリートアカデミーに在籍し、水泳部門で主に平泳ぎを専門としている。
今回は、煌希くんとお母様にインタビューさせていただいた。

煌希くんにはADHD(注意欠陥・多動症)という発達障害がある。
【息子さんがADHDだと分かった時はどんなお気持ちでしたか?】
母「なかなかじっとすることができなかったり、集団で行動することができなかったりと悩むことが多かったので、診断されて専門の方に診てもらえるようになりホッとしました」

【これまで息子さんを育ててこられて苦労したこと、嬉しかったことを教えて下さい】
母:「苦労したことはすぐに走り出したり高いところに登ってしまい、体力の必要な子育てでした。
聴覚過敏もあり子供たちの楽しんでいる声が嫌いでした。
急に隠れてしまい、人が大勢いる所に連れて行くのも大変でした。
嬉しかったことは、煌希をきっかけにたくさんの人と出会い知識も増えたこと。
煌希がいなければ今の福祉の仕事にも就いていなかったと思います」

小学1年生の10月から水泳を始めたという煌希くん。
当時のことはあまりよく覚えていないようだが「多動だったので力の使い方が上手くなくて何か運動をやらせたいなと思っていたところ、丁度友達と友達のお兄ちゃんが水泳を始めるということで、一緒に行かせることにしました」とお母様は言う。

当時は週1で行っていて、クロールとかまだしっかりしたことはやっていなくて、床をタッチしたり、輪投げやボールを拾ったりするような遊びを通じて水に慣れていったそうだ。

今、煌希くんが泳いでいる主な種目は平泳ぎである。
【どうして平泳ぎを選んだ?】
煌希:「中学生ぐらいから真剣にやり始めて、大会のリレーで自分たちのチームに平泳ぎの人がいなくて、自分がやってみたら意外と他の種目よりもやりやすくて、それがメインの種目になっていきました」

【学校生活は楽しい?何をしているときが楽しいですか?】
煌希:「部活や体育で身体を動かしている時や、友達と喋っている時、紙すきが上手にできた時などが楽しいです」

【憧れの選手はいる?また、今後の目標を教えて下さい】
煌希:「憧れの選手は特にいないけど、目標は大きな大会で良い記録を出したいです。身長も170㎝以上になりたい」
冒頭に記したように今平泳ぎで50メートル38秒だが、それを35秒まで縮めることが目標だ。

【来年は就職活動に入るとのことですが、こんな仕事をしたいとか希望はありますか?】
煌希:「清掃の仕事がしたいです」
母:「本人が水泳を続けたいと言ってるので、水泳を続けられる環境で仕事を探させてあげたいと思っています」
【それは難しいことでしょうか?】
母:「体力的には8時間働ける身体はあるんだけど、精神的にアップダウンがあるんですよ。
過去にも学校に行けなくなったりとか水泳もできないという時があったので、本人に合った、無理せず…多少は無理してやらなければならないこともあるけど、水泳を辞めなければならないということがないような環境で働けたらいいなと思ってます」

煌希くんはゲームが好きで、プレイステーションの「WoLong」「エルデンリング」「隻狼」などのアクション系のゲームをよくプレイすると、まだあどけなさが残る顔で語ってくれた。
小学1年生から水泳を始めたが、なかなか集中力が続かなかったという煌希くん。
知的障害もあり、正しい泳ぎを覚えることや理解することが苦手だったという。
水泳の進級をするのに一年以上かかることが何回もあったが、諦めずにひたすら練習を繰り返してきた。
諦めないこと…。何をする上でも、諦めないことで未来は違ってくるのではないだろうか。
水泳は水が気持ちいいし、泳ぐことが大好きだという煌希くん。
これからも諦めず良い記録を目指し、水泳を心から楽しんで欲しい。

インタビュー 前田 真規