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盲目のシンガーソングライター 若渚さんにインタビュー

若渚さんは、心の瞳に映る景色を歌い続けている盲目のシンガーソングライターだ。
『自分のために頑張ることはすごい大変なことなんだけど、誰かのために楽しむことで自分を超えていける』若渚さんが歌詞作りのために綴ったフレーズだ。
透き通っていながら力強さも感じる歌声でメッセージを届けている。
日本全国で講演会やライブ活動をし、マラソンではパラリンピック出場を目指しトレーニングに励む日々。「心の輪っかをつなげていきたい」と前向きに語る若渚さんに話を聞いた。

■視神経乳頭形成不全という病
若渚さんは、産まれた時から目が見えない。
「光を感じず、例えるなら暗室にいると言ったらイメージがしやすいですかね」
幼い頃に自分の病気について母から聞いた。『見えないって、なんかちょっと珍しいのかな?』くらいの感覚で、通学していた盲学校では不自由を感じたことはない。しかし、当時流行っていたゲームを操ってる人が羨ましかった。
「自分はわかんないし取り残されていく感もあって。一個一個手で確認していかなきゃいけないんで……。なんかそれがすごい悔しかったり。でも、マイクを持って喋ることだけは人一倍好きだったので、学習発表会などでは私が司会します! みたいな感じでした(笑)」

■歌との運命的な出会い
三歳から盲学校へ。小さい頃ろうと心がけています。大きな挑戦、小さな挑戦、今までしてきたんですけど、挑戦をすることを忘れないでいたいんです。私がいろんなことに挑戦するのは、そのこと自体がやりたいっていうのもあるんですけど、歌を作るのに普通の人ではしない表現をしていきたいんです。でも、自己満にはなりたくない。造語みたいにならないようには気をつけながら、表現の言葉を考えています」

■パラリンピックという、新たな挑戦
二〇一一年ホノルルマラソンに出たことがキッカケで、本格的にマラソンをするようになった。東京パラリンピックを目指していたが、伴走者に出会えず悔しい思いをしたことも。
「一緒に頑張ってくれる人がいないと、制限される。残念ながら障がいがあるとそういうこともあるんです。私は誰かと一緒でなければ走れませんが、その分目標を達成した時には伴走者と喜びを分かち合い、感動が二倍になるので、大変なことよりも楽しさが勝っています!」
現在は伴走者に出会うことができ、パリのパラリンピックを目指して、仕事終わりや休日に練習に打ち込んでいる。
そんな若渚さんに夢を叶えるためには何が大切か、質問を投げかけた。「夢が大きいほど人の力が必要なんですよね。叶えるって「口」に「十」って書きますよね? 十回以上口に出して言うことです。『夢は何?』って聞かれたときに、ポンポンポンって言えるような夢を持ち続けることが大切だと思います。その夢を応援してくれてる人のためにも頑張ろうって思えるんです」「私はあなたの心の隣にいるよって思いながら常に歌を歌っているので、その歌が多くの人に届いたらいいな。できるかできないかではなく、やりたい気持ちを大切にすると少し心が楽になるのかなって思います」
そばで見守ってくれる母。出会う人のことを心に思い浮かべて歌い、様々なことに挑戦し続ける彼女は輝いていた。

インタビュー 佐々木美紅

「みんなの∞マーケット」主催 酒井俊弥さんにインタビュー

脳性麻痺の障害を持ちながらイベンターとして「みんなの∞マーケット」というマルシェを主催している酒井俊弥さん(29)「生きてる時間が足りないんです。寝てる時間さえ勿体ない」と、エネルギーに満ち溢れた彼の、そのバイタリティーはどこから来るのだろうか。
「gamagoo family」とは酒井さんが仲間と立ち上げた任意団体で、半年に一度「みんなの∞マーケット」を主催している、始めて一年ほどの新しい団体だ。

■「みんなの∞マーケット」とは
『障害者と健常者をリアルに繋ぐ』をメインコンセプトとして、マルシェという形でそれを実現している。このマーケットは、障害者の方で10店舗程度、物販・キッチンカー等もあり、30店舗くらいを想定している。
会場も障害当事者に優しい場所を目指している。会場探しなども主催者の仕事で「マーケットをやる上で僕が一番重要視してるのが、障害者の人たちが過ごしやすいこと。前回お借りした場所は、各棟に障害者トイレやベッドもあり、フラットで、食事をするための机も借りられる。暖房も使え、車椅子ユーザーが車いすから降りられるスペースをお世話になっている事業所様のご厚意で提供することができました。これらの工夫は、当事者だからこそわかることだ」と酒井さん。

■障害者の人たちは、どんなお店を出店されているのか
僕の友達は射的や駄菓子屋さん、障害者施設でカフェをやっている所からはカフェのメニューを、就労B型でパン屋さんをやっている所からはパンを持ってきてもらったり、息子さんと娘さんが当事者っていうご家族は、ポチ袋を作って販売していました。
「やってみたいそのきもち」を優先し、1日出店体験ができるチャレンジブースを設置し売り上げの50%を還元するという形にも挑戦している。また、障がい当事者の出店料は一般の半額を設定している。「やってみたいそのきもち」を最大限に応援できる形を意識した運営に妥協はない。

■サブコンセプト4つの「共に」「共有と共遊」「共存と共尊」とは
これができたら世の中フラットになるんだろうなっていう思いはずっとありました。
僕は18歳で1人暮らしを始め運転免許もとりました。就労B型で働いてお給料が少なかった18歳〜20歳までの2年間は、毎日のように死んじゃいたいと思ってて、働いても働いても貯金は減っていき、ご飯も食べれない。そういうことって、きっと健常の方たちは知らないから壁があるだけで、知れば可哀想っていう概念じゃなく何かできることがあるかもって思ってもらえるんじゃないかと。
また、4つの「共に」が心の中にあれば、逆に障害者から健常者にも優しくなれると思うんです。

■「出逢いや想いが人を変える」が原動力に
設立した団体は、僕以外の5人は全員健常者のスタッフでその中の1人は最初、障害者の友達は要らないって言ってたんですよ。やっぱり知らないと壁にもならない壁がある。その人と出会っていなければ、僕がこれだけやりたいことがあって状況を変えたいと思ってることもお互いの想いも知るよしもなかったから、出会いや想いって大切だなって。
また、酒井さんには特別支援学校の教員で、育ての親のような人との出会いもあった。酒井さんの全てを知り、苦しかった2年間もずっと支えてくれた。「僕、その人がいなかったら今の形にはなってなかったと思うし、生きてることさえ難しかったかも」と振り返る。毎日のように連絡し、月に一回はその先生に会いに行くのが楽しみだそうだ。
そんな人たちとの出会いや想いに支えられてきたこと。諦めない限り可能性は無限大だとゆうことを伝え、同じような境遇の子を減らしたいという。
僕たちにもできるプルトップチャレンジ
普段は助けてもらうことが多い障害者でも、他の誰かのためにと思った時、プルトップを集めることはできる。
酒井さんたちはアジア車いす交流センター{WAFCA(デンソーが立ち上げた国際協力のNPO法人)}を通じて、プルトップを換金しタイやインドネシア等に車いすを寄贈する活動もしている。

■大きな夢としての社会への変革
酒井さんたちは障害者がやりたいことができる社会を創り上げ、障害者と健常者が同じベースに立つ世界を目指している。かつての苦しかった自身の経験を活かし、僕がモデルケースとなって活動していく。

話し出したら止まらない酒井さんの溢れるほどの壮大な夢を、限られた誌面では載せきれず残念ではあるが、筆者も障害者であるため、知ってもらうために想いを伝えることを忘れず、今後も酒井さんの活動を心から応援したい。

インタビュー 前田真規