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社会福祉士の資格を取得 佐々木智也さんにインタビュー
愛知県在住の佐々木智也さんは、新卒2年目の社会人だ。現在、知多メディアスネットワーク株式会社にて、Webサイト「ちたまる。Navi」の記事作成などをおこなっている。株式会社どうどうでは、昨年8月号でも佐々木さんにインタビューし、脳性麻痺アテトーゼ型という障がいを持ちながら行ってきた就職活動の難しさなどについて話を伺った。今回は、働きながら社会福祉士の資格を取得した佐々木さんに、仕事と勉強の両立の大変さや、休日の過ごし方、今後の目標などを訊いた。
■現在の仕事の状況
「ちたまる。Navi」は、新しくオープンしたお店やグルメ情報など、知多半島のトレンドがわかるWebサイトだ。昨年のインタビュー当時は、ライターが執筆した記事を校正し、Webページに掲載することが佐々木さんの業務内容だったが経験も重ね、現在は記事を自身で一から書くことが増えてきたという。
仕事は順調で、障がいのある後輩もできたそうだ。
「基本的には、一緒に働いている人たちにまとめてほしい内容を依頼され、イベントの情報を集めて執筆、編集しています。最近では後輩に対して、自分がやっている業務のなかから何かを手伝ってもらうかたちで仕事のアドバイスをすることもあります」
佐々木さんは一人暮らし。電動車いすで通勤する。
一人暮らし自体は学生時代から始まり、現在で6年目になる。終業後、夜の2時間ほどヘルパーに来てもらう生活をしている。
「ヘルパーは平日の夜7時から9時半の間で来てもらっています。社会人になってからのほうがヘルパーに入ってもらう頻度は格段に増えて、とても楽になりました」
■仕事と勉強を両立し、社会福祉士の資格を取得
佐々木さんは働きながら勉強をして、今年社会福祉士の資格を取得した。大学時代に1度挑戦し、2度目の挑戦でリベンジを果たした。仕事と勉強の両立は大変ではなかったのだろうか。
「大学のときに1度挑戦して落ちてしまったので、新卒で再度受験しました。12月頃から勉強に重きを置き、平日は出勤前の1時間と帰宅後の夜に2時間、休日には5時間の勉強を繰り返して2月の試験に備えました。今働いている分野が福祉と直接的には関係ないので、プライベートですべての勉強を補わなければならないという難しさがありました。
大学時代に資格を取得できなかった友人と、一緒に勉強しようとは言いつつも、お互い社会人なので全然予定が合わず、勉強は1人でやるしかなくて孤独ではありました」
勉強している期間は意識して早く起きるようになっていて、あとは頭が勝手に『勉強しなきゃー!』っていうモードになっていたと思います(笑)
■名古屋グランパスとの出会い
佐々木さんは、月に1度はグランパスの試合観戦をするほどの大ファンだ。
「グランパスは2015年頃から好きで、スタジアムに試合を観戦しに行ってから“ドはまり”しました。昨年は一年間ファンと一緒にグランパスの新しいエンブレムを考える企画があってそれに参加しました。ファンたちが意見を出しあい、デザイナーがエンブレムを作るという貴重な機会に関われてよかったです」
佐々木さんのインスタグラムでは、新しいエンブレムの発表時に、佐々木さんと選手が一緒に撮影された写真もある。
また、佐々木さん自身も1年ほど前から、電動車いすサッカーチーム「太田川ORCHID(オーキッド)」で月に1~2回、練習や試合をしているそうだ。
■社会福祉士としてこの先目指していること
最後に、社会福祉士の資格を取得した今、佐々木さんが目指していることについて伺った。
「私自身、今まで自分の生の声を伝えるためには、自分から現場へ出向かなければならないことが多かったです。
そのため、これからは社会福祉士としてとくに自分から利用者のすぐそばに寄り添い、働きたいという思いが強いです。障がい者だけではなく高齢者など、いろいろな方を対象に、この資格を活かした仕事をしたいと思っています」
就職後もあきらめずに勉強し続け、社会福祉士の資格を取得した佐々木さん。その話しやすい人柄とご自身の経験は、社会福祉士として今後たくさんの人たちの支えとなるだろう。
インタビュー 小林景子
車を運転したいという夢を叶えた 小林寛男さんにインタビュー
骨形成不全症の障害を持ちながらもアクティブに活動する小林寛男さん(49)
車いすは「自由の翼」と言い、ジョイスティック運転装置という更に大きな翼を手に入れ、人生を謳歌している小林さんに色々話を伺った。
【何事もチャンスがあれば楽しみたい性格だそうですね?】
「病気の性質上、身体に負担がかかることはできないけど、できる範囲では1回やってみようってかんじ」
【よく骨折はされてたんですか?】
「子供の頃はよく骨折してました。成長過程で身体が弱いっていうのもあるし、子供だから無邪気に遊んでて痛めてしまったこともあるけど、大人になったら気をつけるようになったし体もできてきたので、骨折は少なくなりました」
【車に乗りたいと思うようになったきっかけは?】
「それまで家族など人に運転してもらうことが多かったけど、親も高齢になり負担をかけるのが悪いなぁと思ってたところ、国産初のジョイスティック装置があることを知り、チャレンジしたいと思いました」
ジョイスティック運転装置といえば、筆者は乙武さんが乗ってた車が印象的だったと話すと、小林さんも20代か30代前半、当時その報道を観て、一般的な改造でなんとかできないかな?と考えたことがあるそうだ。ただ乙武さんの車は、
なにせ値段が何千万と高く、ちょっと手が出ないなと諦めた経緯があるとのこと。
ジョイスティック運転装置というものを知った小林さんは、すぐにメーカーに問い合わせ発注することになる。当時、プロトタイプ(開発初期)ということで400万円くらいだった。頑張ればなんとか見繕うことのできる値段だと考えた。
【ジョイスティック運転装置はどこに許可申請するの?】
「特殊車両の国の認可が必要です。あと、運転免許試験場で、どういう装置でどんな車に乗るのかという確認をされました」「平針免許試験場では見たことない装置だったから、興味津々で見られました。でも、『乗っちゃいかんとは言わん。安全が確認できれば、むしろ乗ってもらいたい』と言ってもらえて嬉しかった」
【車を作るにあたって、愛知から埼玉まで新幹線で何度か足を運んだそうですね?】
「当時はzoomなんてなかったし、メールのやり取りを沢山して、実際に目で確認したい時は埼玉まで行きました。大変だったけど車ができる楽しみの方が強かった」
【改造車を登録して、実技教習を受けるのは大変だった?】
「地元の教習所では、まずジョイスティック運転装置という言葉自体がはてな?で、受付けで「ちょっと難しいです」と断られてしまった。しかし、名古屋のトヨタ系列の自動車学校が「うちだったら教習車の登録をしたことがあるからいいよ」と言ってくれたんです。
その後、話が回り回って、地元の教習所が受け入れてくれることになり、送迎の配慮もしてくれて、1番近い教習所に通うことができました。時間かけて行動したことは無駄ではなかったと思う」
【車に乗るようになって、生活の幅は広がった?】
「車に乗る前は電動車いすで動いてました。時には電車やバス、タクシーも使って。慣れてたからそんなに苦ではなかったが、車に乗るようになって、いつでも出かけたい時に出かけられるし、雨とかも関係ない。自由度が上がり暮らしやすくなりましたね。」
お友達を誘って深夜にラーメンを食べに行くこともあると言い、車を運転できる醍醐味を味わっている小林さん。
【今はリモートで事務のお仕事をされてるそうですね】
「体力的なことを考えて20年以上勤めた会社を辞め、今はリモートで事務の仕事を請け負ってます。収入は減ったけど、この働き方は無理なく自分に合ってると思う」
コロナ禍を機に在宅で仕事をするのが珍しくなくなり、障害者にとっては便利で良い時代になったといえるだろう。
【この先目指していることや、取り組みたいこと】
「せっかく車を運転できてるので、日本の都道府県でまだ行ってない所に行ってみたいな。行ったのは関東、関西、1番遠いところでは広島、四国だけど、日本はまだまだ広いので他の所にも行ってみたい」
筆者が、「名古屋から太平洋フェリーで北海道に行って下さいよ」というと、「そう、ジョイスティック車でフェリーに乗ったっていうのをネタにしたくて、以前調べたことがあった。フェリーも挑戦したいな」と目を輝かせる小林さん。是非ご自身のジョイスティック車でフェリーに乗って、仙台や北海道に行っていただきたい。
【読者に伝えたいこと】
「それぞれに困ってる事とかあると思うけど、別に車の運転じゃなくても、何かチャンスがあったら挑戦してほしい」と、屈託のない笑顔で話してくれたチャレンジャー小林さんであった。
インタビュー 前田真規